強迫症(強迫性障害)
強迫症(強迫性障害)

強迫症(強迫性障害)は、「頭では分かっていても、不安やこだわりを抑えられず、同じ行動を繰り返してしまう」病気です。例えば「手が汚れているのでは」と不安になって何度も手を洗う、「鍵をかけ忘れたのでは」と確認を繰り返す、といった行動が典型的です。本人も「やりすぎだ」と理解しているのに、やめられずに生活や仕事に支障が出てしまいます。この病気は性格や意志の問題ではありません。脳の前頭前野や大脳基底核の働き、神経伝達物質(特にセロトニン)のバランスの乱れが関与しており、心身両面からの治療が必要です。発症は思春期から青年期に多く、男女差はほとんどありません。放置すると慢性化・重症化しやすく、早期の受診と継続治療が重要です。
強迫症の症状は大きく「強迫観念」と「強迫行為」の2つに分けられます。
自分でも不合理だと分かっているのに頭から離れない考えやイメージ。
例:「手が汚れているのでは」「火事が起きるかもしれない」「他人を傷つけたかもしれない」など。
これらの考えが浮かぶたびに強い不安を感じます。
その不安を打ち消そうとして繰り返す行動。
例:手洗い、確認、物の配置を揃える、数を数える、心の中で特定の言葉を唱えるなど。
一時的には安心感が得られても、すぐにまた不安が戻り、再び行為を繰り返すこの悪循環が生活の中心になってしまうことがあります。症状の内容は人それぞれで、他人には理解されにくい苦しさを伴います。周囲から「気にしすぎ」「もっと気楽に」と言われても、それで症状が軽くなることはありません。
強迫症の発症には、いくつかの要因が複雑に関与します。
前頭前野と大脳基底核を中心とした神経回路の働きが過剰になり、不安や確認行動が抑えにくくなることが知られています。セロトニン系の機能異常も関与しています。
家族に強迫症や不安症のある方がいる場合、発症リスクが高まる傾向があります。
完璧主義や強い責任感、過去のストレス体験やトラウマなどが引き金となることがあります。また、感染後やホルモン変化など身体的要因が関連することもあります。
これらが組み合わさることで、「不安を減らすための行為」が強化され、結果的に症状が固定化していきます。
強迫症は、適切な治療を根気よく続けることで改善が期待できる病気です。治療の基本は、薬物療法と心理療法(認知行動療法)の併用です。
第一選択は抗うつ薬の一種(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)で、脳内のセロトニンバランスを整え、不安や強迫思考を軽くします。抗うつ薬という名前ですが、不安やこだわりに対しても効果があります。効果が出るまで数週間かかることが多く、十分な量と期間の服用が大切です。
抗不安薬(いわゆる「安定剤」)は即効性があるため、短期的に補助として使うこともあります。しかし依存など副作用のリスクがあるため、長期使用は避けます。症状が重い場合は、他の種類の薬を併用することもあります。これらは少量で使用し、医師のもとで慎重に調整します。
薬物療法と並行して、認知行動療法(CBT)が有効です。特に「曝露反応妨害法(ERP)」と呼ばれる方法では、不安を感じる場面に少しずつ慣れながら、強迫行為を行わずに不安に耐える練習をしていきます。
この過程を通じて、「行為をしなくても大丈夫だった」という体験を積み重ね、不安に支配されない感覚を取り戻します。患者様の理解と努力が必要な療法ですが、専門家のサポートのもとで続けると大きな改善が得られることがあります。
家族や職場、学校など周囲の理解と協力も治療の重要な柱です。家族が「もう確認しなくていい」と叱るよりも、「確認したくなる気持ちは自然だが、少しずつ我慢していこう」と支える姿勢が望まれます。
また、仕事や学業の負担を調整し、ストレスを減らすことも回復に役立ちます。必要に応じて医療機関が職場・学校と連携し、柔軟な対応を支援します。
強迫症は慢性的に経過することが多く、良くなったり悪くなったりを繰り返すケースもあります。治療途中で「もう治った」と思い自己判断で薬をやめてしまうと、再発することが少なくありません。治療には「時間がかかるもの」と理解し、焦らず続けることが大切です。私の臨床経験でも、強迫症は途中で治療を中断してしまう方や、発症から長期間経ってから受診される方が少なくない印象があります。そのような場合、症状が固定化して行動範囲が狭くなり、家族関係や仕事への影響が深刻化することもあります。逆に、早い段階で薬物療法と心理社会的支援を組み合わせた場合、社会生活を維持しながら安定した状態を保てる方も多くおられます。
鶴瀬メンタルクリニックでは、まず患者様の困りごとを丁寧に聞き取り、強迫観念・行為の内容と生活への影響を整理します。薬物療法は、反応を見ながら慎重に調整し、副作用への不安も一緒に確認します。必要に応じて家族にも説明を行い、家庭内での対応方法や支援の仕方を共有します。治療の進行に合わせて、「どのくらい良くなっているか」を具体的に確認しながら、安心して通院を続けていただけるよう心がけています。また、重症例では連携病院と協力しながら、より専門的な治療につなげる体制を整えています。
強迫症は、脳の働きのバランスが崩れることで生じる病気であり、「性格の問題」や「意志の弱さ」ではありません。症状が続いても、適切な治療を続けることで回復は十分に可能です。強迫的な考えや行動に悩んでいるときは、一人で抱え込まず、できるだけ早く医師に相談してください。
TOP